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ボイスドラマ 屋上にて
(イメージCV 中田譲治)
女「いやー、人生短かったなあ。25年。まあでもこんなもんか。こっから飛び降りたら終
わり。面倒くさいしがらみも、ガミガミうるさい上司も、もう関係ない。あー、そう考える
となんかすっきりするなあ。40階建てビルの屋上。雲一つない青空。まるで私の旅立ちを
祝福してくれてるみたいだねー。絶好の飛び降りびよりってやつ?えーっと、遺書も書いた
し、靴も脱いだし、これでいいよね・・・よし!・・・っと、い、いざ下を見るとものすご
く高い・・・うう、ちょっとこわい・・・」
男「どうした、飛ばないのか?」
女「うわあああああ!あっと!あっぶな!!」
男「不思議なことを言う。そこから飛び降りるなどと言っていたにも拘わらず、あぶないと
は。」
女「こ、心の準備ってもんがあるの!ってかあんた誰!」
男「私かね。つい先ほどまでそこで昼寝をしていた、ただの何の変哲もない男だよ。」
女「ただの男・・・で、そのただの男が私になんの用なわけ?」
男「何、ただの見物だ。私にかまうことなど何もない。続けてくれてかまわない。」
女「な、なによ、そう言って飛び降りるのを止めようっての?無駄だからね!私はもう疲れ
たの!」
男「別に止めなどしない。遠慮などいらないぞ、続きをするといい。」
女「ほ、本当なの?目の前で人が死のうってのに、止めないの?」
男「ああ、止めないとも。私には誰が死のうと関係ないからな。私はただ、見ているだけだ
とも。」
女「見てるだけ?ど、どうして?」
男「不思議なことを言うな。これから自分が死のうというのにそのようなことを知りたいと
は。」
女「別にいいでしょ!冥途の土産ってやつよ!」
男「まあ、いいだろう。といっても大した理由ではない。見届けたいのだよ。人が自死を選
ぶ瞬間というものを。」
女「自死を選ぶ瞬間・・・?」
男「その通り。人は何故生まれてきたのか。そして何故死ぬのか。その哲学的な部分は永遠
の課題だろう。そしてその真実に少しでも近づくには、実際にその瞬間に立ち会うことが必
要不可欠。しかし、そのような瞬間に立ち会えることなど非常に稀(まれ)だ。死を選ぶ理
由、直前の感情、そしてまさに死を目前としたときの表情、体の状態。様々なものが観察で
きる。これほどの機会はそうそう訪れるものではない。」
女「え、っと?つまり?」
男「つまり、君が死ぬ瞬間を眺めていたいということだ。」
女「うっわ、趣味悪い・・・・」
男「ははは、自覚しているとも。この私とて、そのような性格に好んでなったわけではな
い。だが、私は人間というものを余さず知りたいのだ。そして、特に知りたいのが、最後に
抱く感情と死に方、というわけだ。納得いただけたかな?お嬢さん。」
女「うーん、意味はわからないけど、とっても普通じゃないことはわかったわ。」
男「それでかまわないとも。まあ、そういうわけだ。続きをよろしく頼むよ。」
女「考えようによってはこれも何かの縁か・・・死ぬ場所を見る人がいるなんて、そうそう
ないもんね。よし、いくのを私。確かに怖いけど、生きてる方がもっと怖いもの。」
男「一つ、飛ぶ前にいいかね?」
女「何?今更止める気になったの?」
男「いやいや。知的好奇心というものだ。自分が死ぬことによって何が起きるか、知った上
で飛ぼうとしているのかね?」
女「死ぬことによって、何が起きるか?そんなの、死んじゃったら私には関係ないじゃな
い。」
男「その通り。死んでしまったら何も関係ない。この高さから飛べば間違いなく君は死に至
る。頭から落ちれば頭蓋骨は砕け散り、脳髄をぶちまけ、体中の筋肉と骨がバラバラにな
り、コンクリートの上に君だった何かがべっとりと張り付くだろう。不幸にも下敷きになっ
てしまった人がいれば、その人ももれなく冥途の土産になってしまうだろう。加えて、死の
原因を解明するために君は原型をとどめていない肉体から服をはぎ取られ、検死解剖され
る。残るのは粉々になった骨とただの肉片だ。」
女「そ、それが何だっていうのよ・・・私には関係ないでしょ。」
男「何、ここまでは予想できることを話しただけにすぎない。問題はこのあと。」
女「このあと・・・?」
男「君が一体どうなってしまうか、という話だ。」
女「え?ばらばらになっちゃう・・・ってことじゃなくて?」
男「ふふ、違う。君の意識、魂、霊、そういったものの話だ。」
女「たましい・・・?」
男「死んだ者にしかわからないのだ。死んだ後にどのようになってしまうか。例えば、死ん
だあとに肉体から離れられず、この世界に繋ぎ止められてしまう、とかな。」
女「そ、そんなの想像に過ぎないでしょ!」
男「だが嘘だとも限らない。生きている人間は体験しえないことについては予測をするしか
できない。そして、その予測が間違っていると証明するには、実際にそれを行うしかないの
だから。」
女「・・・そんなでたらめ」
男「でたらめ、想像、妄想。だが、それが嘘であるという証拠はどこにもない。何せ人間は
死んだ後に論文を書くことなどできない。さあ、私の話は終わりだ。存分に飛ぶがいい。人
間としての最後の姿を私に拝ませてくれ。」
女「う・・・な、なんかそういわれると・・・」
男「どうした、飛ばないのか?君の覚悟はその程度だったのかね?」
女「わ、私もうちょっと生きてみ・・・みようかな?なんて・・・」
男「好きにするといい。私はただ、見ているだけだ。」
女「そ、そうだよね!うん、もうちょっと、頑張ってみよう!」
男「そうか、それが君の選んだ答えなのだな。」
女「うん、なんかごめんね!またここに来たら会える?」
男「さあな。偶然ここでまた寝ていたら会えるかもしれないな。」
女「そっか!それじゃね!」
男「まったく、人を救済するのは実に難しい。神となって500年、いまだに死ぬ人間は潰え
ず、か。さて、次の人間の救済に行かなければ。」

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